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後悔しても遅いこと、大切にしなくてはいけないこと

ボクには既に父親はいません。
ボクが20代の頃に亡くなっています。
特に入院するような病気を患っていたわけでもなく、不慮の事故に巻き込まれてしまったわけでもなく。
いわゆる突然死ってヤツ。

あんまり自分の家族絡みのことを言ったり書いたりするのは得意じゃないんだけど、ちょっと整理しておこうかなと。
記憶を頼りに書いてみるので、多少の表現や出来事の順序の違いはご勘弁いただければと思います。

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いつも通りの月曜日がいつもと違う形で始まった

まだボクも結婚前で実家にいたのですが、その日の朝は母親の静かな声で起こされました。
ドラマみたいに、誰かの悲鳴とか騒々しいサイレンの音とか、そんなものは一切なく。

「お父さんがお風呂で倒れてる」

ただそれだけ。

「お父さん今日遅くなるって」とか「お父さんがお土産買ってきてくれるってさ」みたいな普通のテンション。
今思うと、逆に驚きが大きすぎて叫んだらいいのか泣いたらいいのかもわからなかったんだと思います。
3秒くらい状況がのみこめなかったんだけど、さすがにこれは一大事だぞと。
弟は家を出ているので、家の中にいる男はボクだけ。
とりあえず風呂場を覗いてみると、母親の言った通りの光景が。

倒れている父親は、全然苦しそうな顔じゃなかったんですよね。
場所が違ったら、例えば終電間際の電車の中とかクソつまらない会議中とか、そういうところだったら普通に寝ているだけじゃないかって思うくらい。
正直言うと、ボクもかなり動揺していました。
何をしたら良いかわからなくて、とりあえず心臓の音を確かめたり、顔ひっぱたいてみたり。
だけどそんなことをしても、残念ながら母親の言っていたことはドッキリでもなんでもなく、まぎれもない事実ということがわかっただけ。
今目の前にある、今我が家に起こっていることがどういうことなのか理解したその瞬間、自分でもびっくりするほど冷静になっていて。
今思い出してみても、不思議なくらい。
とりあえず救急車を呼んで、その間に身の回りの支度。おそらくこの後いろんなところに行くことにんるだろうという予測はできていたので。
母親と妹にはあまり騒がないように伝えて、救急車が到着するまでそれぞれの身支度。

身内がこういう状況になると、不思議と人間って逆に感情を出すことを忘れてしまうのではないかと実感しました。前触れのない状況だったことも関係あったのかもしれないけど。
意識していたわけではないんだけど、その場にいた家族はみんな事務的になっていたような気がします。
もしかしたら、事態がまだ他人事に見えていたのかもしれません。
ボクも救急車呼んだあと、最初に思ったことは「明日からの大阪出張行けないな」だったし。

間もなく救急車が到着。ここでもまだ実感がなかったのか、本当に10分かからなかったのはさすがだな、みたいなことに感心した記憶が残っています。
当然、ボクも同乗してまずは近くの病院へ。
車内では、父親の健康状況や最近の睡眠時間や食生活、会社での勤務内容などを結構細かく聞かれました。
だけどこの質問、実はボクはほとんど答えられませんでした。
気持ち的に答えるのが苦痛だとかではなく、単純に一切知らなかったから。
後述しますが、ボクは自分の父親に自分から見えない壁を作ってしまっていたんです。

病院での確認の結果、やはり母親の発見した時間にはすでに亡くなっていたとのこと。
自分でも気づかないうちに動揺していたみたいで、病院の先生の説明をほとんど覚えていません。
よく言う「突然死」ってヤツだけど、死因としてはそういう呼び方はしないとか、この後の処理の進め方とか、そのあたりをなんとなく覚えているだけ。
あと覚えているのは、「処理」っていう言い方が突き刺さったこと。

地味に辛かったのは、自宅で家族が死亡した場合に救急車で搬送されると、ほぼ警察が介入してくるんですよね。
これ、なんでかって言うと、事件性がないかの確認作業。

家族が故人の死亡理由に関わっていないかどうか、 言葉を選ばずに言っちゃうと、 殺人とかそういう事件性のあるものではないかどうか。

警察側としても決まりなんで儀式的にやらなくてはいけない、っていうのは理解してるけど。
こういう部分に母親を直面させるのはちょっとイヤだったので、ボクが表にたって警察の人と話したと記憶しています。

そこからの何日かは、今まで経験したことがないくらい一日の過ぎるスピードが速くて。
父親側の御兄弟、母方の親戚、家族それぞれの職場への連絡をしつつ、合間に葬儀の段取り。
ここは母親に任せてしまいましたが、さすがに向こうも慣れたもので、ほとんど誘導されるがままに動いていたら滞りなく葬儀も終わっていたんですよね。
正直、そこらへんの細かい部分とか、いつ誰が何をしていたとかの記憶が曖昧になってしまっているので、今改めてこれを描きながらも若干辻褄が合わないところがあるって気が付く始末。

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父親に何一つ恩返しをしていない

家族

先に書いた通り、ボクは父親に対して自分から壁を作っていたようなところがありました。
一番顕著だったのは、たぶん大学生の頃。
大学に通わせてもらいながら何してんだよ、って話ですよね。

特になにかきっかけとなる出来事があったわけではなく、ただなんとなく。気づいたらなんとなく。
鬱陶しいというか、目障りというか、そんな感じ。中学生の反抗期でももう少しわかりやすいんじゃないかって感じ。

当時の自分の気持ちが本当にわからないんだけど、とにかく父親と接することを意識的に避けていたような気がします。

これが母親に対してだったらまだわかるのかもしれないんだけど、そこそこの年齢の、それこそ間もなく成人になろうかっていう男が父親に対して反抗期みたいな関係になるのって、まったく意味がわかりません。
父親は超がつくほどではないにせよ、業界では1,2を争う大きな会社に勤めていて、毎朝7時前に家を出て夜の9時頃に帰宅というスケジュール。
一方ダラけまくっていた大学生のボクは、大体10時くらいに起きて昼過ぎに大学に着くようなことが多かったと記憶しています。
夕方から夜の11時くらいまでのバイトをしていたので、帰宅は日にちが変わってからになるケースがほとんどで。
接する時間があんまりなかったことも一因なのかもしれませんが、一番の理由はボク自身が未熟でワガママで自己中心で甘ったれたクソガキだったこと。

高校生の後半から大学生の終わりくらいまで、まあまあ長い時間を無駄にしてしまいました。

大学を卒業して、自分も働き始めて、いろいろな世代の方と接するようになって、自分の考えはおかしいということを自覚して。
いきなりベタベタするのも気持ち悪いから、少しずつ変えていこうとは思っていました。

社会に出て自分も働き始めると、少しずつ家でも会うことが増えてきて。
少しずつ会話もするようになってきて。
少しずつ普通の家族みたいな関係がわかってきて。
少しずつ自分の事をもっと話したりわかってもらおうと思ってきて。
少しずつ人生の先輩としてのアドバイスをもらえたら、なんて欲も出てきて。

少しずつ今まで与えてもらった恩を返していこうと思っていたんだけど、そのほとんどは実現不可能になってしまいました。

自分が胸を張って、父親に恩返しできたって言えることは、マジで1つもないんです。
母親とか周りの人とかは、そんなことないって言ってくれるんけど。

言ってはくれるんだけど、それはたぶん息子なら当たり前のことしかしていなくて、恩返しでもなんでもないと思うんですよね。

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本当に後悔していることが2つあります

やり直せるならそこのセーブポイントから、っていうレベルで後悔していることが2つあります。

1つ目は、結局サシで飲むことができなかったこと。

普通に考えたら信じられないかもしれません。だけど自分が一番信じられていないから。
タイミングはいくらでもあったはずだし。

ボクが社会に出てからなら、会社帰りにどこかで待ち合わせることだってできただろうし、別に休日の夜に2人で出かけたってよかっただろうし。
大学生活の後半なんか法的にも飲酒は認められているわけだし、ボクには時間なんていくらでもあったんだから、変な壁なんて作っていなければ向こうから誘ってくれたのかもしれません。
結局、自分からタイミングとかチャンスとかを放棄しちゃってたんですよね。
バカとしか言いようがない。
実は、父親が亡くなってからサシ飲みしてる夢を何度かみているんだけど、会話の内容を1つも覚えていないという仕打ちを受けています。
夢でもなんでもいいから、ちゃんと飲んでちゃんと会話がしたい。結構マジで後悔しています。

2つ目は、ヨメに会わせることができなかったこと。

そんな感じで変な距離を作ってしまっていたので、当時付き合っていた彼女を家族に紹介なんてしているはずもなく。
その彼女とは後に結婚することになるんだけど、なんでもっと早く顔合わせができなかったのか本当に後悔しています。

これは父親に対してだけじゃなくて、ヨメに対しても悪いことをしたという自覚があって。
当時ボクとヨメは同じ会社に勤めていて、付き合っていることもかなりオープンにしていました。
だから会社の同僚は、父親のお通夜の時なんかには当たり前のように色々とお手伝いをしているものと思っていたんだと思います。
だけど実際は一般の参列者と同じ案内しかできていなくて。
あとから聞いたところによると、なんで手伝いしてなかったのか結構聞かれたみたいで。
そりゃ紹介もされてないんだから入り込めるわけもなく、全部ボクのクソみたいな過ごし方に責任があるんです。

もしきちんとした形で紹介することができていたら、ヨメの性格から考えてもすぐに溶け込めて、下手したらボク以上に仲良くなっていたのかもしれません。
もしもっと早く結婚してムスメたちも早く産まれていたら、孫の顔を見せることもできていました。
だけど、そういう「もしも」のことは全部今となっては実現不可能なんです。
ムスメたちにもおじいちゃんと遊んだりおもちゃを買ってもらったり、ごく一般的な孫と祖父っていう関係を味わってほしかった。

この2点において、ボクは土下座しても何をしても許されることのない大きな後悔を一生背負っていきます。

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親とか子供とか家族とか

大事なもの

こんな言い方をすると歳を感じてしまうんだけど、若い時には取り返しのつく失敗はいくらでもしていいと思っています。

助けてくれる人、支えにできること、自分が思っているより全然多いから。
親であったり兄弟であったり、家族に助けられることは多いと思います。もちろん逆に助けることだってあってもおかしくないし。
だけど、そこそこの歳になると取り返しのつかない出来事も普通にあるんだということを覚えておいたほうが良いと思います。

別に「親孝行しろ」とか言うつもりはありませんが、もらった愛情分くらいは自分が大人になったら返してもいいのではないでしょうか。
それができないのって結構キツいですよ。
それこそ「親孝行したい時には親はなし」ってヤツです。
ボクと同じような後悔をする人が少なくなればいいなと思うし、ボク自身も二度とこんな後悔はしたくありません。
それくらい家族というものは大事にしたほうがいい。

ボクの今の立場は、2人のムスメをあと10年以上守っていく使命がある「父親」です。
それだけではなく、ヨメはもちろん、自分の母親や兄弟も大切にしなければいけない。
世の中には、ボクなんかよりももっともっと大変な環境の中で、ボクなんかよりももっともっと家族のために生きている人はたくさんいると思います。
この何十年かでなんとなくわかったことがあって、守るべきもの、大切にしたい人達がある人は本当に強い。
よくドラマとかで、「俺は失うものなんてないから~」みたいな言い回しがありますが、失うものがない人よりも守るものがある人の方が100万倍強いはず。

ちょっと話が逸れてしまいましたが。
いつなにが起こっても、「あの時もっと話をしておけばよかった」とか「どうしてあんな態度しかできなかったんだろう」みたいな後悔をしないように自分も生きていきたいし、できればボクの関わった人にもそういう後悔はしてほしくないと思います。

別に四六時中べったりする必要はないけど、親とか子供とか家族とか、大事にすることは全然恥ずかしいことじゃないんですよ。
この歳になってやっと実感ができたのは少し遅すぎるけど、気づかないままよりはよかったのではないかなと。

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